上越市・糸魚川市・妙高市・柏崎市・新潟県全域の皆様へ【障害年金申請をお考えの方へ】
『この子たちの成長を、この目で見届けたい」― 希少がんと闘う30代のお母様、障害年金の受給が認められました』
下のお子様の産後1年、職場復帰を控えたある日の健康診断。それまでこれといった自覚症状もなく、育児と家事に追われる毎日を送っていらっしゃったご依頼者様に、突然「胸部に異常所見あり」という結果が届きました。精密検査の結果、大きな腫瘍が見つかり、生検の結果、あまり例の多くない希少ながんであるとの確定診断。告知を受けたとき、ご依頼者様はまだ小さなお子様を2人抱えるお母様でした。上のお子様は小学校に上がったばかり、下のお子様はまだ生後1年。「この子たちをどう育てていけばよいのか」——その恐怖と絶望感で、しばらくは食事も喉を通らなかったといいます。
長時間に及ぶ大手術を乗り越えられたご依頼者様でしたが、術後は激しい痛みと全身の倦怠感で、起き上がることさえ困難な日々が続きました。痛みから、わが子を抱きしめることもできない。母として、これほど辛いことはなかったのではないかと思います。さらに追い打ちをかけるように、術後の検査でがんの広がりが発覚し、予定されていた治療計画の変更を余儀なくされました。「ステージ●」の告知とともに、主治医からは「合う薬がない。このままでは余命わずか」という、あまりに厳しい言葉が告げられました。
その後、望みを託して新たな治療に臨まれたご依頼者様でしたが、治療は平坦な道のりではありませんでした。しびれ、吐き気、味覚障害、脱毛……。数カ月はほぼ寝たきりの状態となり、幼いお子様の育児は、周囲の手を借りざるを得ませんでした。お母様の病気を知った上のお子様が学校に行きたがらなくなり、心のケアを受けることになったことも、ご依頼者様の心を深く痛めました。体調が上向きかけた矢先には、治療の影響とみられる別の病気で緊急入院。さらには血糖値の急激な悪化で医師から命に関わる状態だと告げられて即日入院となり、新たな持病の診断と、その後も続く自己管理が必要な治療が始まりました。年末には別の病気での緊急入院も重なり、お子様たちの行事にも出席できず、会場で母を探していたわが子の姿を、後から人づてに知らされたそうです。
今もなお、複数の持病に対する自己管理を欠かせない日々を送りながら、定期的な遠方への通院と、複数の診療科を並行しての受診を続け、全身の倦怠感や息苦しさ、体調の急変と向き合う毎日を送っていらっしゃいます。治癒の見込みが立ちにくい病と向き合いながら、幼いお子様たちのそばにいたい、成長を見届けたい——そのお気持ちひとつで治療を続けてこられたご依頼者様。しかし現実には、自立した日常生活を送ることすら難しく、就労も著しく制限される状況が続いていました。
弊所では、この間のご通院の経過や治療内容、日常生活における制限の実情を、診断書や各種資料とともに丁寧に整理し、障害年金の申請書類を作成いたしました。その結果、このたび障害年金の受給が認められ、ご依頼者様とご家族の今後の生活を支える大きな支えの一つとなりました。
がんの治療は、身体的な苦痛だけでなく、経済的な不安、そして「働けない自分」への焦りや自責の念を伴うものです。特にお子様を育てながら闘病されている方にとって、その負担は計り知れません。障害年金は、こうした状況にある方を支えるための制度です。しかし「がんで障害年金が受け取れるとは知らなかった」「自分の場合が対象になるのか分からない」という声を、私たちは数多くお聞きしてきました。もし今、治療や生活のことで悩みを抱えていらっしゃるなら、どうか一人で抱え込まず、私たちにご相談ください。ご依頼者様お一人おひとりの状況に寄り添い、少しでも安心して治療に専念していただけるよう、全力でサポートいたします。