上越市・糸魚川市・妙高市・柏崎市・新潟県全域の皆様へ【障害年金申請をお考えの方へ】
ある朝、股関節に走った激痛が人生を一変させた日のこと
その日まで、股関節の痛みを感じたことは一度もありませんでした。ある冬の朝、突然走った激痛。「おかしい、何かが起きた」——そう直感した瞬間から、生活は大きく変わり始めました。診断は「両大腿骨頭壊死症」。右側の手術(令和7年10月)を終えたものの、その後も痛みと可動域の制限により日常生活のあらゆる場面で深刻な支障が生じていました。寝返りも打てない夜、朝の起き上がりに要する長い時間、ズボンや靴を履くだけで全身に汗をかく日々。T字杖を手放せず、入浴には介護用椅子が必要。外出には家族の付き添いが欠かせない状態でした。収入の不安と身体の痛みが重なる中、ご両親と三人でなんとか生活を支え合っていました。その後、左側の手術(令和8年2月)を経て日常生活を取り戻し、令和8年3月に障害年金を申請しました。
【弊所の取り組み】
①発症の経緯を丁寧に「見える化」する
前触れのない突然の発症であること、幼少期からの健診でも指摘がなかった経緯、左側から始まり右側へと広がっていった病状の推移——これらをただ記録するのではなく、審査する方が「この方の日常」をありありと想像できるよう言語化しました。
②「動けない」の実態を具体的な言葉で伝える
「歩行困難」という一言では伝わらない障害の実像——靴下が履けない、車への乗降に手が必要、しゃがむことも立ち上がることも支えなしには不可能、睡眠中も寝返りが打てない——こうした具体的な動作レベルの困難を丁寧に拾い上げ、診断書・申立書に反映しました。
③手術前後の状態変化を時系列で整理する
右側の手術(令和7年10月)後も続いた障害状態、左側の手術(令和8年2月)を経た回復、そして申請(令和8年3月)という経過を、審査担当者が迷わず読めるよう時系列で整理しました。「なぜ右側を先に手術したか」という医学的判断の背景も丁寧に説明し、右手術後に生じていた症状の重篤さを正確に伝えました。
④生活の実態と家族支援の必要性を正確に記録する
単身で両親と暮らす中で、「家族の支援なしには生活が成り立たない」という現実を、感情に流れず事実として書き記しました。介護用椅子の使用、通院・買い物への付き添い——日々の積み重ねを、申立書の言葉に変えていきました。
ご本人の状況が正確に審査に伝わり、障害厚生年金の認定を受けることができました。これにより、右手術後の困難な時期における経済的な支えを得ることができました。
障害年金は、申請書類の「書き方」ひとつで結果が変わることがあります。同じ症状でも、日常生活の実態が正確に伝わらなければ、本来受けられるはずの年金が認定されないケースも少なくありません。
「自分は障害年金をもらえるのだろうか」と思ったら、まずお気軽にご相談ください。あなたの状況を丁寧にお聞きし、受給の可能性や手続きの流れをわかりやすくご説明します。
※相談は無料です。審査結果を保証するものではありませんが、専門家として最善の申請サポートをいたします。