上越市・糸魚川市・妙高市・柏崎市・新潟県全域の皆様へ【障害年金申請をお考えの方へ】
『9年間、誰にも信じてもらえなかった苦しさを、やっと形にしてもらえた!』
〜慢性疲労症候群・20代女性・障害年金2級認定〜
高校1年生の冬、突然のことでした。
全身の強い倦怠感、激しい頭痛、吐き気——気がつくと、朝起き上がることすらできなくなっていました。
原因を求めて、県内から大阪へ、神奈川へ、東京へ。数えきれないほどの病院を受診しました。しかし「明確な診断はつかない」「異常は見当たらない」という言葉を繰り返され、治療の糸口もつかめないまま、時間だけが過ぎていきました。
大学に進学したい、自立したい——その思いだけを支えに、通信制の高校へ転校し、なんとか大学にも入学しました。しかし体はついてきてくれず、大学は中退。地元に戻っても症状は変わらず、一日の大半を横になって過ごし、体調の悪い日はベッドから出ることすらできませんでした。入浴は週に4回が限界で、歯磨きすら億劫な日がある。買い物は週1回、母親の付き添いがなければ外出もままならない。そんな毎日が、何年も続いていました。
そして何より、心をえぐったのは病気そのものだけではありませんでした。「怠けているんじゃないか」「やる気がないだけでは」——周囲からそう思われることが、症状と同じくらい、いえ、それ以上につらかった、とご本人はおっしゃっていました。
発症から約8年が経った令和6年秋、ようやく「慢性疲労症候群」という診断名がつきました。
弊所にご相談をいただいた時点では、長年にわたる受診歴があるものの、正式な診断がついたのはごく最近のこと。主治医が複数の医療機関にまたがり、それぞれの受診目的も症状の経過も、複雑に絡み合っていました。
障害年金の申請において最も重要なのは、「いつから、どのような状態であったか」を医師や審査機関に正確に伝えることです。しかしこのケースでは、発症からの経過が非常に長く、通院先も多岐にわたっていたため、その整理だけでも相当な労力を要しました。
弊所ではまず、高校入学時から現在に至るまでの就学・療養の経過を時系列でまとめた資料を独自に作成しました。通信制高校への転校、大学への入学と中退、通信制大学への再入学——これらは単なる学歴の変遷ではありません。症状の重さゆえに、就学の継続が何度も断ち切られてきたという、紛れもない事実の記録です。 この資料は、診断書作成の参考として主治医の先生にご提出したほか、申請書類に添付して日本年金機構にも提出しました。9年間の経過と現在の生活実態を、審査する側にも正確に伝えるための、大切な一枚です。
また、慢性疲労症候群は外見からは症状がわかりにくく、検査数値にも表れにくい「見えない障害」です。審査においても、その苦しさは伝わりにくい傾向があります。だからこそ、日常生活のどの場面でどのような支障が生じているかを、申請書類の中に具体的かつ丁寧に落とし込むことが不可欠でした。
その結果、障害年金2級の認定を受けることができました。
9年間、診断名すらつかなかった苦しさ。何度病院を変えても改善しなかった無力感。「怠けている」と思われ続けた悔しさ。そのすべてが、ようやく社会的に認められた瞬間でした。
慢性疲労症候群に限らず、「自分の状態で障害年金が受け取れるのかわからない」「どこから手をつければいいかわからない」と感じている方は、とても多くいらっしゃいます。診断がついたばかりの方、受診歴が複雑な方、これまで申請をあきらめていた方——そういった方こそ、まず一度、弊所にご相談ください。
私たちが丁寧に整理し、正しく伝える書類を一緒に作ります。 一人で抱え込まず、どうか声をかけてください。